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神戸家庭裁判所 昭和32年(家)1322号 審判 1960年9月14日

申述人 季幸順こと季幸伸(仮名) (本籍朝鮮 住所神戸市)

被相続人 安島清治こと金明五(仮名) (本籍同 住所同)

主文

申述人が被相続人の昭和三二年(一九五七年)九月○○日死亡によつて開始した財産相続の限定承認をする旨の申述を受理する。

理由

本件申述の要旨は、申述人は被相続人金明五(朝鮮人)の母であるところ同人は昭和三二年九月○○日死亡し、その相続が開始したので申述人はその相続人となつたが該相続の限定承認をしたいというにある。

よつて案ずるに、蔚山郡下廂面長尹南国作成名義の檀紀四二九二年一月三十一日附除籍の抄本、神戸市兵庫区長前川重春作成の登録済証明書、大阪拘置所保安課長都秀豊作成の回答書等の資料並びに申述人本人審問の結果によれば次の事実を認めることができる。すなわち被相続人金明五は朝鮮慶尚南道蔚山郡下廂面珍庄里○○○番地に本籍を有していたが、檀紀四二六八年(昭和一〇年)一〇月二五日戸主金圭相と共に咸鏡北道清津府曙町○○番地に転籍していること、同人は終戦以前から永年日本に在住していたが昭和三二年(一九五七年)九月○○日大阪拘置所内で死亡したこと、本件申述人は被相続人の母であることが明らかである。

ところで朝鮮に本籍を有する被相続人は、平和条約発効の昭和二七年四月二八日以後日本国籍を喪失しその朝鮮人としての国籍を回復したのであるから法例第二五条によれば、被相続人の本国法に準拠すべきこととなるのであるが北緯三八度以北に本籍を有する被相続人については法例第二七条第三項により、被相続人の属する朝鮮民主主義人民共和国の法律によるべきであるけれども同国の実体的私法については今日までその内容を知り得ない状態である。従つて条理に従つて裁判をするほかないということになるわけであるが、財産相続において相続人が相続によつて取得した積極財産の限度で相続債務を弁済することを条件として相続を承認するという制度は個人主義思想を基調とする近代社会において広く認められているところであつて、本件被相続人が以前属していた地方と認められる韓国の法律が相続の限定承認を規定している点からみてもいわゆる北鮮に属する朝鮮人の相続についても同様に財産相続については限定承認が許容されるものと解すべきである。而して本件被相続人には配偶者も直系卑属もないことが上記資料によつて認められるから被相続人の母である本件申述人の限定承認の意思表示はその適法な資格と方式を具えたものと解してこれを受理することとし主文の通り審判する。

(家事審判官 山下鉄雄)

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